廣島護國神社の分類ビジュアル

神社

廣島護國神社

公開検証済みひろしまごこくじんじゃ

広島市中区基町、広島城跡内に鎮座する別表神社。広島県西部出身の戦没者・原爆犠牲者ら約九万二千柱を祀る。

概要

廣島護國神社(ひろしまごこくじんじゃ)は、広島県広島市中区基町、広島城跡(中央公園)内に鎮座する別表神社。広島県西部出身の戦没者・公務殉難者および昭和二十年(1945 年)の広島原爆投下による動員学徒・女子挺身隊員らを含む、およそ九万二千柱の英霊を祀る。明治元年(1868 年)創建の招魂社を起源とし、昭和十四年に内務大臣指定護国神社となった広島県の代表的な慰霊社。

鎮座地

所在は広島県広島市中区基町 21 番 2 号。広島城本丸南東に隣接し、広島中央公園内、平和記念公園とも至近距離にある。社地は戦前は西練兵場の北端、現在は広島城公園の一画。原爆により全焼した旧社地(広島市中区西白島町)から昭和三十一年(1956 年)一月三十日に現在地へ遷座し、平成八年(1996 年)に現社殿が完成した。

祀られる神格

祭神は広島県西部(旧安芸国・備後国西部)出身の戦没軍人・軍属、公務殉難者、ならびに広島原爆犠牲の動員学徒・女子挺身隊員ら計約九万二千柱の英霊。明治戊辰戦争以降の各戦役・事変の戦没者を祀り、昭和二十年八月六日の原爆犠牲者を合祀する点で、全国の護国神社の中でも特に原爆慰霊と一体化した性格を持つ。

沿革

明治元年(1868 年)戊辰戦争広島藩戦没者を祀る水草霊社を二葉の里に創祀したのが起源。明治八年招魂社、昭和十四年内務大臣指定護国神社「広島護国神社」に改称。昭和二十年八月六日の原爆投下で社殿全焼。終戦後は宗教法人として再興され、昭和三十一年一月三十日広島城跡に遷座。昭和三十五年(1960 年)七月一日別表神社に加列。平成八年(1996 年)に造営事業が完成し現社殿に至る。

主要祭礼

例大祭は四月二十九日と十月二十九日の春秋大祭。八月六日の原爆死没者慰霊祭、八月十五日の感謝祭(終戦記念祭)が固有の祭儀として営まれ、原爆ドーム・平和記念公園と並ぶ広島の慰霊行事の一翼を担う。

属性で近いもの

さらに見る

出典

  • 広島護國神社 公式サイト

    機関資料

    廣島護國神社

    広島護國神社の御祭神・由緒・例大祭・八月六日原爆死没者慰霊祭・広島城内遷座経緯に関する公式情報。

    http://www.h-gokoku.or.jp/
  • 広島護国神社 - Wikipedia 日本語版

    二次資料

    Wikipedia contributors

    広島護國神社の招魂社起源・内務大臣指定護国神社昭和十四年改称・原爆罹災・広島城内遷座(昭和三十一年)・別表神社加列に関する二次整理。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE

次に読む

あなたの縁

あなたの縁をたどる

読了した由緒を起点に、あなた自身の繋がりをひらきます。

縁をたどる