
神社
金持神社は鳥取県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、道開き・健康の信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
金持神社は鳥取県日野町に位置する神社です。所在地、由緒、関連する神格を入口に、鳥取県の土地と信仰の文脈を地図とグラフで確認できます。祈願領域は検索の補助として扱います。
金持神社(かもちじんじゃ)は、鳥取県日野郡日野町金持に鎮座する神社。地名「金持(かもち)」の珍名から近現代に注目を集めた地域社で、伯耆国南部の小社。
所在は鳥取県日野郡日野町金持 74。鳥取県南西部の日野盆地、日野川の上流域に鎮座する。社地は山陰本線の沿線にはなく、JR 伯備線根雨駅から東方約 6km の山あいの集落「金持」(かもち)の中心に位置する。地名「金持」は中世以来この地で金属採掘(金山)が行われたことに由来すると伝えられる、伯耆国の鉱山祭祀景観を残す場所。
主祭神は天之常立尊(あめのとこたちのみこと)、八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)、淤美豆奴命(おみずぬのみこと)。『古事記』上巻 神代七代段に天之常立尊が天地創成期の独神として記される神統譜を継承する。八束水臣津野命は『出雲国風土記』冒頭の国引き神話で島根半島を引き寄せた神として記される出雲系神格で、近隣の出雲大社(島根県)・須佐神社の祭祀構成と縁起を共有する。
社伝では弘仁年代(810-824)の創建と伝えられる。中世には地名「金持」の郷を治めた金持氏(かもちし)の氏神として崇敬を集めた。金持景藤(かもちかげふじ)は南北朝期に後醍醐天皇の隠岐脱出を扶けた武将として『太平記』に記され、当社の中世武家祭祀の中核を成した。江戸期は天領、鳥取藩領を経て、明治四年(1871 年)に村社に列せられた。
10 月の例大祭が地域祭祀の中心。「金持」の社名から近年は地名にちなんだ参拝者の祈願文が境内に多数残るが、本来は出雲系神格を祀る山間の小社としての祭祀を継承する。
金持神社 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
金持神社の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
金持神社 公式サイト
機関資料金持神社(鳥取県日野町、810年創建)の御祭神・由緒・所在地に関する公式情報。
http://www.kanemochi-jinja.net/金持神社 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
金持神社の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q246463 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%8C%81%E7%A5%9E%E7%A4%BE