寺院
南蔵院を篠栗霊場の入口として、巡礼と寺院景観を整理する。
南蔵院(なんぞういん)は、福岡県糟屋郡篠栗町篠栗に所在する真言宗別格本山の寺院。篠栗八十八ヶ所霊場(しのぐりはちじゅうはっかしょれいじょう)第一番札所で、巨大な釈迦涅槃像(しゃかねはんぞう、ブロンズ製、全長 41 メートル)で知られる近代の名刹。山号は粕屋山(かすやさん)。
所在は福岡県糟屋郡篠栗町篠栗 1035。福岡市東隣の篠栗町、若杉山の西麓に立ち、篠栗八十八ヶ所霊場の起点として古来「九州の高野山」と称される山岳信仰圏の中軸を成す。境内は若杉山系の自然林に囲まれ、本堂・釈迦涅槃像・七福神トンネル・各種石仏群が斜面に展開する。明治の廃仏毀釈で四国八十八ヶ所遍路が困難になった代替として、明治・大正期にかけて整備された篠栗八十八ヶ所霊場の中心寺院として現在に至る。
本尊は不動明王(ふどうみょうおう)。境内最大の意匠である釈迦涅槃像は平成七年(1995 年)に建立された世界最大級のブロンズ製涅槃像(全長 41 メートル、高さ 11 メートル、重量約 300 トン)で、釈迦入滅時の姿を再現する。涅槃像内部は胎内拝観可能で、釈迦の遺骨(仏舎利)が安置される。仏舎利はミャンマー国仏教会から平成元年(1989 年)に奉納されたもので、当寺の現代的国際性を象徴する。同じ篠栗八十八ヶ所霊場の二番札所(ふじ寺)・三番札所(明王院)と一体の巡礼圏を成し、四国八十八ヶ所霊場の代替として九州・西日本の遍路文化を継承する。
明治十二年(1879 年)、四国愛媛県出身の慈忍上人(じにんしょうにん)が当地に庵を結び、四国遍路困難時代の信者のため篠栗八十八ヶ所霊場を開創したのを起源とする。明治三十一年(1898 年)に高野山真言宗別格本山の認可を受け、現在の南蔵院の基礎が確立した。第二次世界大戦の被害は軽微で、戦後の高度成長期に参詣者を増やし、特に近年は釈迦涅槃像の偉容で観光的にも知られるようになった。平成七年(1995 年)の涅槃像建立は当寺住職の宝くじ高額当選(伝承)にちなむエピソードでも有名である。
4 月 8 日の花まつり(釈迦誕生日)、2 月 15 日の涅槃会(ねはんえ、釈迦入滅日)、12 月 8 日の成道会(じょうどうえ、釈迦成道日)が釈迦涅槃像にちなむ三大法要。毎月 28 日の不動明王縁日、篠栗八十八ヶ所霊場の春秋遍路期も参詣者を集める。四国遍路と同様の白装束・金剛杖の巡礼姿が境内に絶えない近代以降の遍路文化が継承される。
南蔵院 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
南蔵院の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
南蔵院 公式・公的由緒資料
機関資料南蔵院の由緒、所在地、参詣圏を確認するための公式・公的資料。
南蔵院 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
南蔵院の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q22330283 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E8%94%B5%E9%99%A2_(%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E7%9C%8C%E7%AF%A0%E6%A0%97%E7%94%BA)南蔵院 地域資料・百科資料
二次資料南蔵院の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。