
寺院
千光寺を尾道の坂と瀬戸内の景観に開かれた寺院。
千光寺(せんこうじ)は、広島県尾道市東土堂町に所在する真言宗系単立の寺院。瀬戸内海を望む大宝山(だいほうさん)の中腹に立ち、坂の街・尾道の象徴的景観を成す古刹。本尊は千手観音菩薩で、開創は大同元年(806 年)の弘法大師空海と伝えられる。山号は大宝山。
所在は広島県尾道市東土堂町 15-1。瀬戸内海尾道水道に面する尾道市街、大宝山(標高 144 メートル)の中腹、海抜約 100 メートルの位置に立つ。本堂・玉の岩・鏡岩・三十三観音堂・梵字岩などが斜面に展開し、本堂前の朱塗りの「赤堂」と海を背景にした景観は尾道を代表する観光景観として知られる。文学・映画の街尾道(志賀直哉『暗夜行路』、林芙美子『放浪記』、大林宣彦監督「尾道三部作」等の舞台)の中軸を成し、隣接の天寧寺(てんねいじ)・浄土寺(じょうどじ、国宝本堂)と一体の尾道古寺巡りの景観を構成する。
本尊は千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ、伝弘法大師空海作)。脇侍に毘沙門天・愛染明王。境内の玉の岩(たまのいわ)は山頂直下の巨石で、伝承によれば古代「光明(こうみょう)を発する玉」が嵌め込まれていたとされ、寺名「千光寺」の由来となった。鏡岩(かがみいわ)は表面が鏡のように磨かれた巨石で、古代の磐座信仰の遺構と考えられる。同じ尾道の浄土寺(聖徳太子建立伝承、国宝本堂)・西国寺(さいこくじ、真言宗)・天寧寺(曹洞宗)と並ぶ尾道の古寺群を成し、瀬戸内海航路の信仰拠点として中世以来栄えた。
寺伝では大同元年(806 年)弘法大師空海の開創と伝えられる。中世には備後国の真言宗寺院として発展、瀬戸内海航路の発達とともに尾道港の鎮護を担った。室町期から戦国期にかけても継承され、近世には西国巡礼の中継地として参詣者を集めた。明治の廃仏毀釈の影響を受けつつも、尾道の都市景観の中軸として保存され、近代以降は文学・映画の舞台として広く知られるようになった。現本堂は元禄年間(1688-1704 年)の再建で、朱塗りの「赤堂」として尾道のシンボル的景観を成す。境内からの瀬戸内海・しまなみ海道・向島の景観は「日本夜景遺産」「美しい日本の歴史的風土 100 選」等にも選定される。
4 月のお花まつり、8 月のお盆法要、11 月の千光寺公園もみじまつりが主要行事。千光寺ロープウェイで山頂まで上り、千光寺公園・尾道市立美術館(千光寺公園内)と合わせて巡る観光参詣ルートが定着している。隣接の浄土寺・西国寺・天寧寺と組み合わせた「尾道古寺巡り」のルートが尾道観光の中軸を担う。
千光寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
千光寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
千光寺 公式・公的由緒資料
機関資料千光寺の由緒、所在地、参詣圏を確認するための公式・公的資料。
千光寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
千光寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q3478566 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E5%85%89%E5%AF%BA_(%E5%B0%BE%E9%81%93%E5%B8%82)千光寺 地域資料・百科資料
二次資料千光寺の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。
名称や説話、図像、儀礼に重なる具体モチーフです。