
史跡
首里城は沖縄県那覇市にある史跡。名称、所在地、由緒を分け、道開き・厄除けの信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
首里城は沖縄県那覇市に位置する史跡です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、沖縄県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
首里城(しゅりじょう)は、沖縄県那覇市首里金城町に所在する城郭・史跡。琉球王国(1429-1879 年)の王城として 450 年にわたり機能した政治・文化の中心地で、平成十二年(2000 年)に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界文化遺産登録(城跡部分)。令和元年(2019 年)10 月の火災で正殿等が焼失し復元事業が継続中。
所在は沖縄県那覇市首里金城町一丁目 2。沖縄本島南部、那覇市中心部の東、標高約 130m の首里台地(首里丘陵)に位置する。眼下に那覇港と東シナ海を望む戦略的要衝で、外郭・内郭・正殿・北殿・南殿・奉神門等の城郭施設と、城内・城外の御嶽(うたき、聖地)群を含む。隣接の園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)、近隣の玉陵(たまうどぅん、琉球王陵)、識名園と一体の琉球王統の祭祀・政治景観を形成する。
首里城は本来は王城であり、神格を祀る神社・寺院ではないが、城内に首里森御嶽(すいむいうたき)をはじめとする十ヶ所御嶽(じっかしょうたき)が分布し、琉球神道の聖地として機能した。首里森御嶽はアマミキヨ(阿摩美久)が最初に造ったとされる御嶽で、琉球神道の創世神話と直結する。同じ琉球神道の聖地では斎場御嶽(せーふぁうたき、南城市、世界遺産)、近隣の波上宮(なみのうえぐう、那覇市、琉球八社の一)と並び、琉球王統の祭祀圏を成す。
創建年は不詳だが、十四世紀ごろに按司(あじ)の城として築かれ、尚巴志王(しょうはしおう)による三山統一(1429 年)後に琉球王国の王城となった。十五世紀後半の尚真王(しょうしんおう)の代に大規模整備、十七世紀の薩摩侵攻(1609 年)後も琉球王府の中心として機能した。明治十二年(1879 年)の琉球処分で王城としての機能を終え、第二次世界大戦の沖縄戦(1945 年)で全焼。戦後は首里城公園として復元事業が進められ、平成四年(1992 年)に正殿復元、平成十二年(2000 年)に世界遺産登録(城跡が登録対象、復元建造物は対象外)。令和元年(2019 年)10 月 31 日の火災で正殿・北殿・南殿が焼失し、現在は復元工事が継続中。
1 月 1-3 日の「新春の宴」(朝拝御規式の再現)、10 月下旬の「首里城祭」(琉球王朝絵巻行列)が主要行事。琉球古典芸能の披露と王朝儀礼の再現が継承される。
首里城 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
首里城の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
首里城 - Wikipedia 日本語版
Wikipedia contributors
首里城の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q907052 と日本語版 Wikipedia を参照。