
寺院
増上寺を江戸の寺院景観と徳川家の記憶から整理する。
増上寺(ぞうじょうじ)は、東京都港区芝公園に所在する浄土宗の大本山。徳川将軍家の菩提寺として知られ、家康以来の徳川六代将軍の霊廟が営まれた近世江戸の代表的寺院。三解脱門(さんげだつもん)は国の重要文化財、徳川将軍家墓所は東京都の史跡指定。
所在は東京都港区芝公園 4-7-35。芝公園の中央、東京タワーを背景に伽藍を構える。明徳四年(1393 年)当初は紀尾井町(千代田区)にあり、天正十八年(1590 年)の徳川家康江戸入府後、慶長三年(1598 年)に現在の芝に移った。隣接の芝東照宮は徳川家康を祀り、増上寺と一体の徳川家祭祀空間を形成する。
本堂大殿の本尊は阿弥陀如来坐像(南北朝期、東京都指定文化財)。脇侍に観世音菩薩・勢至菩薩を安置する阿弥陀三尊。徳川将軍家霊廟には二代秀忠・六代家宣・七代家継・九代家重・十二代家慶・十四代家茂の六将軍と、家康の側室於愛の方・崇源院(江、二代秀忠正室)等の霊牌を祀る。隣接の芝東照宮の徳川家康(東照大権現)と一体の徳川祭祀圏を成す。
明徳四年(1393 年)、聖聡(しょうそう)が浄土宗の関東総本山として武蔵国貝塚に開創。天正十八年(1590 年)の家康江戸入府で徳川家菩提寺となり、慶長三年(1598 年)に現在の芝に移転。元和元年(1615 年)から将軍家霊廟の造営が進み、京都の知恩院と並ぶ浄土宗の双璧として隆盛した。明治期の神仏分離と廃仏毀釈、昭和二十年(1945 年)3 月の東京大空襲で大半を焼失。三解脱門(元和八年・1622 年建立)は戦災を免れた江戸初期建築として国の重要文化財。国指定文化財データベースには重文として三解脱門・経蔵・大梵鐘等を登録。
4 月の御忌大会(ぎょきだいえ、法然上人忌)、5 月の宗祖降誕会、年末の除夜の鐘が主要行事。12 月 31 日深夜の除夜の鐘は東京の風物詩として知られる。
増上寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
増上寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
増上寺 公式・公的由緒資料
機関資料増上寺の由緒、所在地、参詣圏を確認するための公式・公的資料。
増上寺 - Wikipedia 日本語版
Wikipedia contributors
増上寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q249139 と日本語版 Wikipedia を参照。
増上寺 地域資料・百科資料
二次資料増上寺の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。